manabilife

教育・仕事・生活

「学び直し中学歴史」明治時代①明治維新

王政復古の大号令によって成立した新政府は、反発する旧幕府軍戊辰戦争で破り、短期間で新たな政策を実行していく。版籍奉還廃藩置県・四民平等・地租改正・学制・徴兵令・殖産興業など、明治維新を概観する。

戊辰戦争

新政府は徳川慶喜に官職と領地を返すように命じる。慶喜と旧幕府側はこれに反発。1868年1月に、鳥羽・伏見で新政府軍と戦いをおこす(鳥羽・伏見の戦い

 

この戦いは新政府軍が勝利し、慶喜は江戸に逃れた。新政府軍は西郷隆盛の指揮のもと各地に進撃。江戸城無血開城させたあと、会津藩福島県)を中心とする東北諸藩を攻め、翌年には函館の五稜郭に立てこもっていた榎本武揚が率いる軍勢を降伏させ、一連の内戦(戊辰戦争)は終結した。

 

明治維新五箇条の御誓文に基づく一連の改革)

1868年:五箇条の御誓文

明治天皇が神々に新しい方針を誓う

・会議を開き、世論に基づいた政治を目指す

・広く知識を世界に求めるべき

 

1869年:版籍奉還

薩長土肥の4藩主が、領土(版)と人民(籍)を朝廷に返し、他の藩もこの動きにしたがった。この結果、全国の土地と人民は国家に属する事になった。

 

1869年〜四民平等

旧武士を士族、大名や公家を華族、それ以外を平民として新たな身分が記載された。職業や結婚、居住の自由が認められ、すべての人が名字を名乗ることになり、土地の売買や作付けも自由になった。1871年には「解放令」が出され、えた・ひにんも平民となった。

 

1871年:廃藩置県

江戸に集めた。藩に変わって新たに県を置き、政府に任命された県令が行政を行い、農民が領主に納めていた税も政府に納める事になった。

 

1872年:学制

小学校を義務教育と定め、江戸時代の寺小屋を引き継ぐ形で数年で2万6千の小学校が作られた。当初就学率は3割程度だったが、明治の終わりには100%近くに達した。

 

1872年:地租改正

年ごとの収穫量に応じて年貢を決める制度では歳入が不安定になるため、土地の所有権に地券という証書を発行して土地の所有権を認める一方、翌年には土地の価格を定め、3%を地租として現金徴収することにした。江戸時代に比べ税の負担が増えた地域もあり、各地で地租改正反対の一揆がおこり、1877年に税率を3%から2.5%に引き下げた。

 

1872年:富岡製糸場

国の独立を守るためには軍備を整えるのが第一の課題であり、そのためには工業を盛んにして生産額や輸出額を増やし、国全体を豊かにする必要があった。こうして行われた一連の政策を殖産興業といい、各地に製糸や紡績などの官営工場を作った。

 

1873年:徴兵令

満20歳以上の男子に兵役を課すもの。戦いは武士の特権であり義務であるという考えが根強く、武士や平民からも反対があったが、徴兵令によって作られた陸・海軍はその後士族の反乱を平定し、やがて諸外国との戦いにのぞむことになる。

 

1876年:秩禄処分

藩がなくなった後も政府は武士に手当を支給していたが、この負担が財政を圧迫していたため、政府が発行する公債(金禄公債証書)を旧武士に与えることで、手当の支給を打ち切った。