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「学び直し中学歴史」明治時代③日清・日露戦争

ロシアの南下政策を警戒した日本は、まずは朝鮮を勢力下に置いている清に宣戦し勝利する。義和団事件後に満州を占領したロシアの動きにさらに警戒を強めた日本は、日英同盟を結びロシアに宣戦。国力のすべてを傾けた日露戦争は日本の勝利に終わり、日本は列強に並ぶ国になったという安心感と自信が芽生え始めていく。

 

日清戦争

日清戦争の背景〉

日朝修好条規により、日本は朝鮮を独立国とみなしていたが、清は朝鮮を属国とみなしていた。朝鮮では、日本にならって近代化を進めようとする独立党と、清との関係を維持しようとする事大党が対立していた。

 

1882年(明治15年)壬午事変(改革に反発する軍人の暴動)

1884年(明治17年)甲申事変(独立党の金玉均らのクーデター)

 

日本は清の軍事力を恐れて金玉均を強く支援できず、いずれも清の軍隊に鎮圧され、朝鮮は清の勢力下に置かれた。

 

同じ頃、ロシアが南下政策によって太平洋側に勢力を伸ばし、これに対抗してイギリスが朝鮮南岸の島を占領する事件がおこった。

 

隣接する朝鮮がロシアなどの欧米列強の支配下に置かれれば、自国の安全が脅かされるという危機感から、日本はまずは朝鮮を勢力下に置く清に対抗するために軍事力の強化に努めた。

 

日清戦争の始まり〉

1894年(明治27年)甲午農民戦争

朝鮮でおこった政府や外国勢力に反対する大規模な農民の暴動。清は朝鮮の求めに応じて「属国を保護する」という理由で出兵。これを認めない日本も朝鮮に出兵し、日清戦争が始まった。朝鮮のほかに満州南部などが戦場となり、日本軍は各地で清軍を破り勝利した。

1895年(明治28年)下関講和会議(下関条約

・朝鮮は清の属国ではなく独立国である

・清は遼東半島や台湾などを日本に譲る

・多額の賠償金を支払う

 

〈三国干渉〉

満州に勢力を伸ばそうとするロシアは、ドイツフランスを誘い、遼東半島を清に返すよう日本に圧力をかけた(三国干渉)。三国に対抗する力を持たないと判断した日本は従わざるをえず、「臥薪嘗胆(がしんしょうたん):薪の上に寝て、または苦い肝をなめて、受けた仕打ちを忘れないようにするという中国の故事」を合言葉に、国民が一体となってロシアに対抗できる力をつけようとした。その後欧米列強は以下の地域を支配下に置いた。

・ロシア(遼東半島

・ドイツ(膠州湾(こうしゅうわん))

・フランス(広州湾)

・イギリス(九龍半島・威海衛)

 

日露戦争

1900年(明治33年)義和団事件

清で、「不清滅洋(清を扶けて外国の勢力を撃滅せよ)」を叫ぶ群衆と、列強に宣戦布告した清の軍隊が北京の各国大使館を包囲。日本も加わった連合軍はこれを打ち破った。

 

その後、各国の軍は撤退したが、ロシアはこれを機に満州に大軍を送り込んで占領した。日本はいずれロシアとの衝突は避けられないとの判断から、1902年(明治35年)日英同盟を結んだ。

 

ロシアでの東アジアでの軍事増強をこのまま認めれば、日本の存立に危機を迎えるとの判断から戦争を決意。1904年(明治37年)2月、日露戦争が始まった。

乃木希典

多くの犠牲を払いながらも旅順を占領。奉天会戦でも勝利

東郷平八郎

ロシアのバルチック艦隊対馬沖で迎え撃ち、ほとんど全滅させた

 

1905年(明治38年)ポーツマス条約

日本の兵力や武器、弾薬、戦費が底をつき始め、ロシアでも革命の動きが高まっていたことから、アメリカの仲介でポーツマス条約が結ばれた。日本の勝利で戦争は終わり、韓国での優越的な立場、旅順・大連の租借権、長春以南の鉄道の権利、北洋での漁業権、樺太の南半分を得た。

 

しかし、犠牲の大きさに比べ手に入れた権益が少なく、賠償金も得られなかったことから、日本では暴動が起こった(日比谷焼き打ち事件

 

韓国併合

日露戦争が始まると、日本は武力を背景に韓国と日韓議定書を結んだ。これは韓国の領土をロシアから守るため、日本軍が韓国内に展開する事を認めるという内容だった。

 

日英同盟ポーツマス条約でも、韓国に対する日本の保護権が認められていた。その後、日韓協約に従って、日本が韓国の外交権を握ることになり、韓国統監府を置き、初代統監として伊藤博文が赴任した。やがて統監の権限は内政に及ぶようになり、韓国からの抵抗運動もあったが鎮圧された。

 

1909年(明治42年)伊藤博文満州で韓国人の安重根に暗殺される事件がおき、1910年(明治43年)、政府は韓国併合に踏み切り、その統治のために朝鮮総督府を置いた。日本の朝鮮統治では併合の一環として近代化が進められたが、米の作付けが強いられたり、日本語教育などの同化政策が行われたので、朝鮮の人々の日本への反感が強まった。