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教育・仕事・生活

「学び直し中学歴史」昭和時代②太平洋戦争

①太平洋戦争開戦

911年11月:ハル・ノート提示

国務長官コーデル・ハルの名をとって「ハル・ノート」と呼ばれている。

・中国やインドシナからの日本軍の無条件即時撤退

蒋介石政権以外の中国政権の否認

三国同盟の事実上の破棄

東条英機内閣は交渉を断念し開戦を決断

1941年12月8日ハワイ真珠湾の米軍基地を攻撃(太平洋戦争開戦)

三国同盟により、独・伊もアメリカに宣戦

枢軸国(日・独・伊など)VS連合国(米・英・蘭・中など)の全面戦争に

⇒日本軍は東南アジアや西太平洋に進撃・占領

 

②大東亜会議の開催

(タイ)東南アジア唯一の独立国タイは日本と同盟を結び米英に宣戦。

(インド)イギリス軍と戦ったインド兵の多くはインド国民軍に加わり、独立を目指して日本軍と行動を共にした。

ビルマビルマ独立義勇軍が作られ、日本軍に協力

インドネシア義勇軍が作られ、日本軍の指導で軍事訓練が行われた

1943年11月大東亜会議(東京)

中国(南京政府)・タイ・満州国・フィリピン・ビルマ・インドの代表が集まり、米英からの支配からの開放をうたった大東亜共同宣言が採択された。

⇒戦争(南方進出)の目的が石油資源の獲得だけでなく、欧米による植民地支配からアジアの国々を開放し、大東亜共栄圏を建設することが目的に。

 

③暗転する戦局・終戦

1942年6月:ミッドウェー海戦

日本海軍は多くの航空母艦と航空機、優秀なパイロットの大半を失い、戦局が悪化

1944年6月:マリアナ海戦敗北

サイパン島が陥落すると、太平洋の制海権・制空権はほぼ米軍のものとなり、長距離爆撃機B29により、日本の都市は度重なる空襲を受けるように。

 

今まで徴兵を猶予されていた大学生も軍に入隊する事に(学徒出陣)。中学生以上の生徒は軍需工場などでの生産活動や奉仕作業に携わるように(勤労動員)。朝鮮半島では、日本式の姓名を名乗らせる創氏改名、徴兵や徴用が適用された。

 

1943年9月:イタリア降伏

1945年5月:ドイツ降伏

 

1945年2月:ヤルタ会談

ドイツ降伏前の2月、アメリカのルーズベルト大統領やソ連スターリン、米英ソの首脳が戦後処理を話しあった。ここでは、ソ連による対日参戦や、日本領だった樺太南部と千島列島の獲得も密かに合意された。

 

1945年7月:ポツダム会談

米英ソの首脳がベルリン郊外のポツダムで会談。アメリカ・イギリス・中国の名で、日本の降伏条件を示したポツダム宣言を発表。ソ連は日ソ中立条約を結んでいたため、対日参戦後に加わった。

 

1945年3月:東京大空襲(死者約10万人・焼失家屋27万戸)

1945年6月:沖縄戦(死者18万〜19万人)

1945年8月6日:広島に原子爆弾投下(死者14万〜15万人)

1945年8月9日:長崎に原子爆弾投下(死者7万〜8万人)

1945年8月15日:終戦