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教育・仕事・生活

「学び直し中学歴史」昭和時代③戦後日本の復興

①敗戦後の占領と再建

戦後の日本はアメリカを中心とする連合国に占領された。日本政府はマッカーサーを最高司令官とする連合国総司令部(GHQ)の司令を受けて改革に取り組んだ。

五大改革指令(1945年10月)

・婦人の開放

労働組合の結成

・教育の自習主義化

・圧政的諸制度の撤廃(治安維持法の廃止、政党政治の復活)

・経済の民主化

経済の改革

財閥解体(三井・三菱・住友・安田などの大財閥を解体)

・農地改革(小作人に農地が与えられ、自作農が大幅増)

労働組合

労働基準法

独占禁止法

教育の改革

教育基本法(教育の機会均等、男女共学など)

・学校教育法(6・3・3・4制と義務教育9年制)

政治の改革

・新選挙法(20歳以上の男女が選挙権を持つ)

公職追放(戦争中に重要な地位にあった人は公職から追放)

日本国憲法国民主権基本的人権の尊重・平和主義の原則、象徴天皇制

 

②冷戦の始まり

アメリカとソ連の関係

1945年10月、連合軍は戦時中の合意に従って、国際平和を維持する機構として国際連合(国連)をつくった。しかし、アメリカを中心とする自由主義陣営(西側)とソ連が率いる共産主義陣営(東側)で厳し対立が続いた(冷戦)

ソ連

・東ヨーロッパ諸国を支配

・世界各地の共産主義運動を支援

・1955年に東ヨーロッパ諸国とワルシャワ条約機構を結ぶ

アメリカ)

・西ヨーロッパ諸国を経済的に支援

・1949年に軍事同盟である北大西洋条約機構NATOを結ぶ

 

冷戦の影響

(中国)

アメリカに支援された蒋介石が率いる国民党と毛沢東が率いる共産党が内戦を開始。共産党軍が勝利し、1949年、毛沢東を主席とする中華人民共和国が建国され、蒋介石は台湾に逃れた。

朝鮮半島

北緯38度を境に、北はソ連、南はアメリカに占領され、南に大韓民国、北に朝鮮民主主義人民共和国が成立した。1950年、ソ連の支援を受けた北朝鮮が朝鮮統一をはかって韓国に侵攻。アメリカ軍を中心とする国連軍は韓国を支援して反撃。中国は義勇軍を送って北朝鮮を支援した。戦いは長期化し、1953年に休戦(朝鮮戦争)。

(ドイツ)

東西に分断されたドイツでは、東ドイツ住民が西ドイツに逃亡するのを防ぐために、1961年に東西ベルリンを隔てるベルリンの壁が築かれた。

キューバ

中南米キューバで革命がおこり、社会主義政権が成立すると、1962年にソ連キューバにミサイル基地を建設した。これに対しアメリカは基地の撤去を求めてキューバ海上封鎖。米ソの核戦争の危機が迫った(キューバ危機)。この危機は、アメリカの抗議でソ連がミサイルを撤去したことで回避された。

ベトナム

フランスの植民地だったベトナムでは、独立戦争を戦ったあと、共産主義国家の北ベトナムと、アメリカの援助によって成立した南ベトナムが対立アメリカは1965年に軍を送って北ベトナムを攻撃。ソ連や中国の援助を受けた北ベトナム軍に苦戦して戦争は長期化した。1973年に米軍は撤退。2年後に、北ベトナム軍が南ベトナムを併合した。

 

その後、ソ連社会主義は行き詰まり、ゴルバチョフ政権がこれを立て直そうとして経済の市場化や情報公開などの改革を断行。しかし、国内では自由化を求める声が高まり、東側諸国でも自由化やソ連の影響下からの離脱を求める動きが強まった。

 

1989年、ベルリンの壁が崩され、米ソは冷戦の終結を宣言。翌年には、東ドイツが西ドイツに編入されて東西ドイツが統一した。ソ連共産党独裁体制が崩壊し、ロシアやウクライナなどに分裂して消滅した。

 

③日本の独立回復と各国との関係

アメリカとの関係)

冷戦の構造が強まる中、アメリカの占領政策は日本を西側陣営の一員として復興させる方向に変化。朝鮮戦争による特需(朝鮮特需)により、経済復興も進んだ。1951年9月に吉田首相はサンフランシスコ講和会議に出席。アメリカなど48カ国とサンフランシスコ平和条約を結んだ(ソ連・中国は欠席)。同時にアメリカとは日米安全保障条約を結び、独立を回復したが、占領終了後も国内にアメリカ軍基地が残ることになり、沖縄や奄美小笠原諸島アメリカによる統治が続いた(沖縄は1972年5月に本土復帰)。

 

1960年、首相の岸信介日米安全保障条約を改定し、アメリカとの関係をより対等にしようとした。これに対し社会党は安保条約そのものに反対する立場をとり激しく対立。新安保条約が衆議院で承認されると、大規模な反対運動がおこり、国会周辺は連日デモ隊に取り囲まれる騒動になった(安保闘争

 

ソ連との関係)

ソ連とは領土問題が未解決のため平和条約は結ばずに、1956年に鳩山一郎内閣が日ソ共同宣言を結んで国交を回復。同年、ソ連の賛同を得て、国連加盟を果たした。

 

(韓国との関係)

1965年、日韓基本条約を結び、韓国政府を朝鮮半島にあるただ一つの合法的な政府と認めた。

 

(中国との関係)

アメリカのニクソン大統領は、ベトナム戦争の行き詰まりを打開するため、ソ連と対立する中国との接近をはかった。日本も1972年に日中共同声明を発表して中国との国交を正常化し、1978年に日中平和友好条約を結んだ