manabilife

教育・仕事・生活

「学び直し中学文化史」鎌倉・室町

鎌倉時代

鎌倉時代仏教〉

平安時代末から続いた社会不安から、仏教が国や政治を動かす思想というよりも、個人の救いや悟りを得るための教えという性質を強めていく。

(浄土宗:法然

阿弥陀仏の救いを信じ、念仏(南無阿弥陀仏)を唱えれば誰もが浄土に行けると説く。

浄土真宗親鸞

法然の弟子である親鸞が、浄土宗の教えをさらに徹底。罪深い悪人こそ、阿弥陀仏が救おうといている人々であると説く。

時宗:一遍)

諸国をめぐり、踊り念仏を行った。

日蓮宗日蓮

最も優れた仏教の教えは法華経であるとして、題目(南無妙法蓮華経)を唱えれば、人も国も救われると説いた。

臨済宗栄西

ひたすら座禅を組み、悟りの境地を得ようとする教え。

曹洞宗道元

座禅を中心とした修行を重視。

〈武士の文化〉

平家物語

平氏の繁栄と没落をえがいた軍記物。琵琶法師の弾き語りによって各地に広まった。

新古今和歌集

後鳥羽上皇の命によって藤原定家らが編纂。

方丈記鴨長明徒然草吉田兼好

世の中のはかなさと人生の無常を綴った随筆。

金剛力士像:東大寺南大門)

平氏によって焼かれた東大寺は皇族や貴族、武士や民衆などの寄付によって再建された。東大寺の南大門には運慶快慶らの手により、力強い傑作金剛力士像がつくられた。

 

室町時代

室町時代は公家と武家の文化が溶け合った、簡素で深みのある文化が生まれた。これに禅宗の影響や勘合貿易によって伝わった中国の文化などが加わって彩りを添えた。

北山文化

3代将軍足利義満は京都の北山に金閣寺を建てた。義満のころの文化を北山文化という。

金閣寺

1層は寝殿造風、2層は武家住宅風、3層は禅宗の仏殿で、2・3層の内外は金箔で覆われている。

(能)

義満の保護を受けた観阿弥世阿弥によって、平安時代からの民衆娯楽の猿楽や田楽を芸術にまで高め、能として大成した。

〈東山文化〉

8代将軍足利義政は、京都の東山に銀閣を建て、優雅な生活を送った。この時期のわび・さびと呼ばれる落ち着いた雰囲気をもった文化を東山文化という。

建築では畳や床の間、違い棚などを備えた書院造が発達し、禅宗寺院では枯山水とよばれる石を使った庭園が作られた。茶の湯生け花もこの時期に生まれた。

銀閣

1層は日本の住宅風、2層は禅宗の仏殿。構造は金閣に似たつくりだが、より落ち着いた雰囲気。

山水画雪舟

絵画では、中国の宋や元の影響を受け、墨一色の濃淡のみで表現する水墨画が描かれた。禅僧の雪舟は、明に渡って水墨画の技法を学び、帰国後、山口で筆をふるい、日本の山水画を確立した。のちに、水墨画大和絵の技法を取り入れた狩野派も現われ、活躍した。