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「学び直し中学公民」日本国憲法④平和主義

①平和主義

第二次世界大戦後、連合国軍は日本に非武装を強く求め、その趣旨を日本国憲法にも反映させることを要求した。そのため、国家として国際紛争を解決する手段として戦争を放棄し、「戦力」を保持しないこと、国の「交戦権」を認めないことなどを憲法に定め、徹底した平和主義を基本原理にすることにした

 

しかし、冷戦が始まり、1950年に朝鮮戦争が起きると、朝鮮半島に軍事力を振り向けざるを得なくなった連合国軍最高司令官マッカーサーは、手薄になる日本の防備を補うために、従来の方針を変更して日本政府に警察予備隊の設置を命じた。

 

警察予備隊はやがて保安隊と名称を変更し、1954年に規模と装備を増強して現在の自衛隊へと発展した。2007年には自衛隊を統括する防衛庁防衛省に昇格し、防衛大臣の下で日本の防衛に努めている。

 

日本国憲法第9条には、「戦力」の不保持がうたわれているため、この憲法下で自衛のための実力がもてるのかという議論がなされてきた。政府はここでいう戦争とは「他国に侵攻する攻撃」をさし、「自国を守る最低限の戦闘」までも禁じているものではなく、自衛のための必要最小限度の実力をもつことは憲法上許されると解釈し、自衛隊憲法第9条に違反しないものと考えている憲法の規定と自衛隊の実態との整合性については、今なお議論が続いている。

 

②日本の防衛

日米安全保障条約

1951年、サンフランシスコ平和条約の調印と同時に、日本はアメリカとの間に日米安全保障条約を結んだ。これは、アメリカ軍が国内に駐留することを認めたものだった。1960年に改定され、日本が外国からの攻撃を受けた時、アメリカと共同して共通の危機に対処することが規定された。戦後の日本の平和は、自衛隊の存在とともに、アメリカ軍の抑止力に負うところも大きいといえる。

 

〈米のアフガニスタン侵攻と自衛艦インド洋派遣〉

2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロ後、アメリカを中心とする多国籍軍アフガニスタンでテロ集団への攻撃を始めると、日本は多国籍軍を後方支援するために自衛艦をインド洋に派遣した。この自衛隊の派遣に対し、政府の憲法第9条の解釈をめぐり、国会で議論が行われた。

 

一方、国防という自衛隊本来の任務を十分に果たすためには、現在の法律では有効な対応が難しいといった問題点も指摘された。そこで、有事への対応を想定した法律(有事法制)の整備が進められ、2003年に武力攻撃事態対処法など有事関連三法が成立した。

 

北朝鮮、中国との緊張関係〉

日本周辺では、北朝鮮との緊張が高まっている。1998年には日本に向けて実験用のミサイルが発射され、2001年には北朝鮮工作船東シナ海海上保安庁の巡視船の停船命令に従わず、銃撃戦の末、自沈する事件おがこった。

 

2002年9月に北朝鮮平壌で行われた日朝首脳会談では、北朝鮮が日本人を拉致したことを認めた。日本政府は拉致問題の解決がなければ北朝鮮との国交正常化はありえないという立場をとっているが、その後、拉致事件への北朝鮮の不誠実な対応が続き、交渉は進展していない。

 

中国は近年、一貫して軍事力の大幅な増強を進めており、日本を含む東アジアと南シナ海域を含む東南アジア諸国などの平和と安全にとって心配される動きをとっている。

 

このような周辺の安全保障環境の急変に対し、政府は2014年に憲法解釈を実情に即して改め、集団的自衛権の行使を限定的に容認することを閣議決定した。そして2015年には平和安全法制関連二法が成立し、日本の安全保障体制が強化された。