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教育・仕事・生活

「教科書で学ぶ世界史」BC10からBC7世紀

①シリア・パレスチナ地方

〈海の民の進出〉

シリア・パレスチナ地方はエジプトとメソポタミアを結ぶ通路、地中海への出入り口として海陸交通の要衝だった。BC1500年頃からカナーンセム系)が交易で活躍していた。BC1300年頃、ギリシアエーゲ海方面から「海の民」と呼ばれる人々が進出し、この地方を支配していたエジプトやヒッタイトが後退したのに乗じて、セム語系民族のアラム人・フェニキア人・ヘブライ人が活動を開始した。

 

〈アラム人・フェニキア人・ヘブライ人〉

1.アラム人

・BC1200年頃からダマスクスを中心に内陸都市を結ぶ中継貿易に活躍

楔形文字にかわるアラム文字が多くの文字の源流になった

 

2.フェニキア

シドンティルスなどの都市国家をつくる

クレタ・ミケーネ文明が衰えた後の地中海貿易を独占

北アフリカカルタゴをはじめとする植民都市を建設

アルファベットの起源となるフェニキア文字をつくる

 

3.ヘブライ(他民族による呼び名)

※自身はイスラエルと称し、バビロン捕囚後はユダヤと呼ばれることが多い

遊牧民だったヘブライ人はBC1500年頃パレスチナに定住

・一部がエジプトに移住したが、圧政に苦しみBC13世紀ごろ、指導者モーセのもとパレスチナに脱出出エジプト

・BC10世紀頃、ダビィデ王とその子ソロモン王のもとに栄える

・ソロモン王の死後、北のイスラエル王国南のユダ王国に分裂

・BC722年、イスラエル王国アッシリアに滅ぼされる

・BC586年、ユダ王国新バビロニアに征服され、住民はバビロンに連れ去られた(バビロン捕囚)

唯一神ヤハウェを信仰し、選民思想救世主(メシア)を待望する信仰が生まれた

・バビロン捕囚から50年後にバビロンから解放されると、イェルサレムヤハウェの神殿を再興し、ユダヤ教を確立

 

アッシリア王国による全オリエント征服〉

BC2000年紀初めに北メソポタミアにおこったアッシリア王国は、小アジア方面との中継貿易によって栄えたが、BC1500年頃には一時ミタンニ王国に服属していた。その後、独立を回復し、鉄製の武器と戦車・騎兵隊などを用いて、BC7世紀前半に全オリエントを征服した。

 

強大な専制君主だったアッシリア王は、政治・軍事・宗教をみずから管理し、国内を州に分け、駅伝制を設け、各地に総督をおいて統治した。

 

ギリシア

〈ポリスの成立〉

BC1200年頃のミケーネ文明滅亡後、ギリシア暗黒時代と呼ばえる混乱した時代に入った。BC8世紀ごろに、各地の有力貴族の指導のもとに、いくつかの集落が連合し、アクロポリス(城山)を中心に人々が集住するポリス(都市)をたてた

 

人口が増加すると土地が不足したため、BC8世紀半ばからギリシア人は大規模な植民活動に乗り出し、地中海と黒海沿岸各地に植民市を建設した。同じ頃、フェニキア文字をもとにつくられたアルファベットが商業活動に用いられるようになるとともに、ホメロスの詩など文学の成立も促した。

 

アテネの民主制〉

交易がさかんになると、平民である農民の中にも余った農産物を売って裕福になるものがあらわれた。ポリスの戦士は武具を自分で用意するのが原則だったが、金属の武器の輸入で武器が安くなると、平民も多数参加する重装歩兵部隊が、騎馬を使用する貴族にかわって軍隊の主力となった。国防で大きな役割を果たすようになった平民は、参政権を主張して貴族と対立。ここから各ポリスにおける民主政の歩みが始まり、アテネではBC7世紀にドラコンによって法律が成文化され、法による秩序の維持がはかられた。

 

③インド

アーリヤ人の進入〉

BC1500年頃、中央アジアからカイバル峠をこえて牧畜民であるアーリヤ人が、インド北西部のパンジャーブ地方に進入しはじめた。アーリヤ人の社会は富や地位の差がうまれていない部族的な社会で、雷や火などの自然神が崇拝されていた。宗教的な知識をおさめたインド最古の文献群をヴェーダと呼ぶ。

 

BC1000年をすぎると、アーリヤ人はより肥沃なガンジス川上流域へ移動を開始。移動した土地で農耕に従事する先住民に農耕技術を学び、定住農耕社会を形成した。農耕社会の完成により生産に余裕が生じたことから、王侯・武士や司祭など、生産に従事しない層が生まれ、強い権力を持った王が人々を支配するようになった。

 

〈ヴァルナ制〉

アーリヤ人と先住民が交わって社会が成立する過程で、ヴァルナ制と呼ばれる身分的上下観念が生まれた。人は、バラモン(司祭)、クシャトリヤ(武士)、ヴァイシャ(農民・牧畜民・商人)、シュードラ(隷属民)という4つの身分に分かれるという観念で、バラモンたちは自身を最高の身分とした。彼らが司る宗教をバラモン教という。インド社会には、他の集団のものと結婚したり食事したりすることを制限することによって結合をはかるカースト(ジャーティー)集団が多数うまれてきた。ジャーティは、人は生まれた身分によって上下関係があると考えるヴァルナ制と結びついて、現在にいたるまで長い時間をかけてカースト制度が形成されてきた。

 

④中国

〈周による封建制度

の支配領域の西部、渭水流域におこったは、はじめ殷に服属していたが、BC11世紀頃殷を滅ぼし、華北を支配した。周王は一族・功臣や各地の土着の首長に封土(土地)を与えて諸侯とし、代々その土地を領有させた。王や諸侯に従う卿(きょう)・大夫(だいふ)・士などの家臣も、それぞれ地位と封土を当たられた。封土の分与による統治のしくみは「封建」と呼ばれた