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教育・仕事・生活

「教科書で学ぶ世界史」12世紀

①ヨーロッパ

ヴォルムス協約

神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世教皇グレゴリウス7世との間で始まった叙任権闘争は、皇帝が教皇に謝罪したカノッサの屈辱以降、1122年のヴォルムス協約で両者の妥協が成立し、叙任権闘争は集結した。教会の権威は西ヨーロッパ全体に及ぶようになり、教皇権は13世紀のインノケンティウス3世のとき絶頂に達した。

 

〈第二回・第三回十字軍〉

第一回十字軍で、イェルサレムを占領して、イェルサレム王国をたてたが、その後勢いをもりかえしたイスラーム勢力に対し、第二回十字軍がおこされた。ついで、アイユーブ朝サラディンに再び奪われた聖地を回復するために、神聖ローマ皇帝・フランス国王・イギリス国王が参加して第三回十字軍がおこされたが、いずれも成功しなかった。

 

②西・中央アジア

セルジューク朝(1038〜1194)

ムワッヒド朝(1130〜1269)

※ゴール朝(1148〜1215)

アイユーブ朝(1169〜1250)

アイユーブ朝の樹立〉

エジプトにアイユーブ朝を樹立したクルド人サラディン(サラーフ=アッディーン)は、ファーティマ朝を倒してスンナ派の信仰を回復し、1187年には十字軍を破って88年ぶりに聖地イェルサレムを奪回した。

 

③中国

※宗(北宋)(960〜1127)

※宗(南宋)(1127〜1276)

〈北方勢力と宗の関係〉

12世紀初めに完顔阿骨打(ワンヤンアグダ)が契丹から独立して国号をと称した。宗は新興の金と結んで契丹を攻め、金の攻撃によって契丹は滅んだ。このとき、契丹の皇族耶律大石(やりつたいせき)は中央アジアに逃れて国家をたて(西遼)契丹の文化を西方で維持した。

 

契丹の滅亡後、宋と金は領土をめぐって争い、金は華北に侵入して宗の都開封を占領した(靖康(せいこう)の変)。そこで、皇帝の弟の高宗が江南に逃れて帝位につき、南宋をたて、臨安(現在の杭州)を首都とした。政治抗争の焦点は金に対する政策へと移り、和平派と主戦派との対立の末、結局和平派が勝利をおさめて金とのあいだに和議を結んだ

 

④東南アジア

カンボジアでは、12世紀にヒンドゥー教や仏教の影響をうけながら独自の様式と規模をもつアンコール=ワットが造営された。

 

⑤日本

平安時代

保元の乱(1156)

後白河天皇崇徳上皇が、それぞれ武士を味方につけた争い。御白河天皇が勝利。

平治の乱(1159)

院政を始めた御白河上皇の近臣の対立。平氏が源氏を破り、源氏は棟梁の源義朝を失う。

平清盛太政大臣となる(1167)

源頼朝平氏を滅ぼし、全国に守護・地頭設置(1185)

鎌倉時代

源頼朝征夷大将軍となる(1192)