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教育・仕事・生活

「教科書で学ぶ世界史」18世紀〜イギリス産業革命とアメリカ合衆国の独立〜

①ヨーロッパ

〈ドイツ(プロイセンオーストリア)〉

オーストリア継承戦争(1740〜48)

七年戦争(1756〜1763)

スペイン継承戦争神聖ローマ皇帝をたすけて王国に昇格したプロイセンは、1740年、大王のフリードリヒ2世が、オーストリアマリア=テレジアハプスブルク家の全領土を継承したことに異議をとなえて、資源の豊富なシュレジエンを占領した。フリードリヒは、イギリスに支援されたオーストリアと戦い、シュレジエンを獲得した。

 

シュレジエン奪回を目指すマリア=テレジアは、長年敵対関係にあったフランスと同盟し、ロシアも味方した。このためフリードリヒが1756年にはじめた七年戦争では、イギリスと結んだプロイセンは苦戦したが、1763年にはオーストリアと有利な和平を結んでシュレジエンを確保し、ヨーロッパの強国の地位についた

 

フランス革命

フランス革命(1789〜1799)

・人権宣言(1789)

ナポレオン戦争(1796〜1815)

絶対王政の国フランスで、王権に対する貴族の反抗をきっかけにフランス革命がはじまり、結果的に有産市民層が旧制度を廃棄して、その政治的発言力を確立する結果となった。農民・都市民衆は旧制度の廃棄に重要な役割を担ったが、同時に有産市民層が推進した資本主義経済にも反対した。

 

イギリスとの戦争をくりかえしたフランスの国家財政はいきづまり、国王ルイ16世は特権身分に対する課税などの財政改革を試みたが特権身分が抵抗したため、1615年以来開かれなかった三部会(聖職者・貴族・平民の代表が参加)が召集されることになった。第三身分(平民)の議員は憲法制定までは解散しないことを誓った。また、パンの値上がりに苦しんでいたパリの民衆は、これに反発して圧政の象徴とされたパリのバスティーユ牢獄を攻撃した。

 

国民議会は1789年8月4日に自由主義的貴族の提案で封建的特権の廃止を決定し、領主裁判権や教会への十分の一税が無償で廃止された。また、8月26日、議会はラ=ファイエットらの起草した人権宣言を採択したが、この宣言は、すべての人間の自由・平等、主権在民言論の自由私有財産の不可侵など、近代市民社会の原理を主張するものだった。

 

あらたに男性普通選挙による国民公会が成立すると、急進共和主義のジャコバン派が力を増し、ルイ16世は1793年1月に処刑された。ジャコバン派没落後は穏健共和派が有力となり、5人の総裁からなる総裁政府が樹立された。

 

革命がイギリス国内に波及することを警戒したイギリス首相ピットは、フランス軍がベルギー地方に侵入したのに対抗してフランス包囲の大同盟(第一回対仏大同盟)をつくった。1799年までにイギリスがロシア・オーストリアなどと第二回対仏大同盟を結んでフランス国境を脅かすと、総裁政府は国民の支持を失った。軍事司令者として頭角を表していたナポレオン=ボナパルトは総裁政府を倒し、3人の統領からなる統領政府をたて、第一統領として事実上の独裁権を握った。1789年以来10年間におよんだフランス革命はここに終了した。

 

〈イギリス産業革命

・飛び杼(ジョン=ケイ、1733)

・多軸紡績機(ハーグリーヴズ、1764頃)

・水力紡績機(アークライト、1769)

蒸気機関の改良(ワット、1769)

・ミュール紡績機(クロンプトン、1779)

・力織機(カートライト、1785)

17世紀末には、インドから輸入された、より軽い綿布の需要が高まった。綿布とその原料である綿花は、大西洋の三角貿易(ヨーロッパから武器や雑貨などをアフリカにおくり、それと交換で得た奴隷をアメリカ大陸・西インド諸島におくりこんでそこで得た農産物をヨーロッパに持ち込んで売りさばく)で重要な商品となり綿工業が発達した。1769年にワットが蒸気機関を改良すると、これが水力にかわって紡績機や力織機などの動力として利用され、生産の効率をさらに高めた。

 

アメリ

アメリカにおける植民地争奪〉

イギリスは17世紀初頭、北アメリ東海岸に最初の植民地ヴァージニアを設けた。その後、多くのピューリタンが本国での迫害を逃れて北アメリカに移住し、ニューイングランド植民地が形成され、18世紀前半までにはイギリスの13の植民地が南北にならぶ形になった。イギリスからの入植者はラテンアメリカのヨーロッパ人植民者の場合と異なり、先住民と融合しなかった。

 

アメリカでは七年戦争と並行してフレンチ=インディアン戦争と呼ばれるイギリスとフランスの植民地戦争が戦われた。この戦争に勝ったイギリスは、1763年のパリ条約でカナダとミシシッピ川以東のルイジアナ、フロリダ、西インド諸島の一部およびセネガルを獲得した。フランスは、ミシシッピ川以西のルイジアナをスペインに譲渡したので、北アメリカにおける領土をすべて失い、イギリス植民地帝国の基礎がすえられた。

 

アメリカ合衆国の独立〉

1774年、植民地側は大陸会議を開いて本国に自治の尊重を要求。翌年には武力衝突がおこり、独立戦争が始まった。植民地側はワシントンを総司令官に任命して戦い、1976年7月4日、13植民地の代表はフィラデルフィア独立宣言を発表した。この宣言は、圧政への抵抗権を主張したロックらの思想を参考にして、トマス=ジェファソンらが起草した。

 

独立軍は当初苦戦したが、イギリスと対立していたフランスやスペインの参戦、ロシアなどによる武装中立同盟の結成にも助けられ、ヨークタウンの戦いに敗れたイギリスは1783年のパリ条約でアメリカ合衆国の独立を承認し、ミシシッピ川以東の広大な領地を譲った。

 

〈合衆国憲法の制定〉

独立後のアメリカ合衆国は、まだ13の独立した州のゆるい連合にすぎず、中央政府の権力は弱かった。そこで、1787年合衆国憲法がつくられた。この憲法では人民主権を基礎とした共和制の採用を決定し、各州に大幅な自治を求めながらも、中央政府の権限を強化する連邦主義を採用した。合衆国の行政権は大統領の率いる政府に限り、立法権連邦議会にあり、司法権最高裁判所が行使するという形で抑制し合うことによって権力の乱用をさける三権分立の原則を定めた。1789年、この憲法に基づく連邦政府が発足し、ワシントンが初代大統領に就任した。

 

③日本(江戸時代)

徳川吉宗享保の改革(1716〜1745)

田沼意次の政治(1772〜1786)

天明の飢饉(1783)

松平定信寛政の改革(1787〜1793)