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教育・仕事・生活

「教科書で学ぶ世界史」グレートブリテン及び北アイルランド連合王国

ウェールズの併合

1536年:ウェールズケルト系)イギリス併合

 

アイルランドの植民地化

1603年:スチュアート朝成立

スコットランド出身のスチュアート家のジェームズ1世(スコットランドではジェームズ6世)が王位を継ぐスコットランドとの同君連合)

 

1639年:スコットランドで反乱

国教会強制に反発し、スコットランドで反乱がおこったことから、チャールズ1世は1640年に、11年間開いていなかった議会を招集。1642年には王党派と議会派のあいだに内戦がおこった。

 

1649年:国王処刑⇒共和制に

議会派は国王との争いを徹底しようとする独立派と、より穏健で立憲王政をめざす長老派に分裂。独立派のクロムウェルピューリタンを中心に鉄騎隊を編成し、議会派を勝利に導いた後、長老派を追放し、1949年にチャールズ1世を処刑して共和制をうち立てた。

 

1649年:アイルランド征服

クロムウェルは、王党派の拠点となったとして、アイルランドスコットランドを征服。大規模な土地没収が強行されたアイルランドは、事実上植民地化された。

 

スコットランド併合

1653年、クロムウェルは終身の護国卿となり、厳格な軍事独裁体制をしいたが、国民の不満が高まり、彼の死後、1960年にチャールズ1世の子が国王チャールズ2世として迎えられた(王政復古)

 

1707年:大ブリテン王国成立

アン女王の治世中の1707年にイングランドスコットランドは合同して大ブリテン王国(グレートブリテン王国)になった。

 

 

アイルランドの併合とアイルランド問題

1801年:グレートブリテンアイルランド連合王国成立

アイルランドがイギリスに併合される。

 

1828年:審査法廃止

1673年に制定された、審査法(官吏を国教徒に限定する)が廃止され、1829年にオコンネルらアイルランド人(ケルト系住民の多くがカトリック教徒)の運動の結果、国教徒以外でも公職につけるようになった。

 

1845年:ジャガイモ飢饉

100万人以上が死亡し、100万人以上の人々が英米に移住。

 

1886年アイルランド自治法案否決

 

1914年:アイルランド自治法成立(1920年公布)

イギリス人の多い北アイルランドはこれに反対して、アイルランド独立を主張するシン=フェイン党と対立したため、政府は第一次世界大戦の勃発を理由に自治法の実施を延期した。シン=フェイン党などは反発して、一部の独立強行派は1916年に武装蜂起イースター蜂起)をおこしたが鎮圧された。

 

1922年:アイルランド自由国成立(自治領北部はイギリスの統治)

1937年:エーレ(エール)共和国に改称(イギリス連邦内の独立国)

1949年:アイルランド共和国成立(イギリス連邦離脱)

1969年〜1998年:北アイルランド紛争

英領北アイルランドで、少数派カトリック教徒のIRAアイルランド共和国軍)の英陸軍・警察への武力闘争。アイルランドカトリック系住民とイギリス・プロテスタント系住民は1998年に和平に合意したが、散発的な紛争は続いている。