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「教科書で学ぶ世界史」カールの戴冠って何?

フランク王国の状況

①クローヴィスの治世

481年:クローヴィス即位メロヴィング家)

・前フランク統一

・正統派のアタナシウス派に改宗

ゲルマン人の多くがが異端のアリウス派を信仰していたため、ローマ人貴族を取り込んで西ヨーロッパの中心勢力に。

・6世紀半ばに全ガリア統一

 

②宮宰カール=マルテルの台頭

8世紀には、メロヴィング家の権力は衰え、王家の行政と財政の長官である宮宰(きゅうしょう)が実権を掌握するようになった。宮宰カール=マルテルカロリング家)は、732年のトゥール・ポワティエ間の戦いイスラーム軍を撃退し、西方キリスト教世界をイスラームウマイヤ朝)勢力から守った。

 

ピピンの治世

カール=マルテルの子ピピンは、751年、メロヴィング家を廃して王位につき、カロリング朝を開いた。

 

カール大帝ピピンの子)の治世

全国を州に分け、有力豪族を「伯」に任命。巡察使によって伯を監督した。

 

●ローマ教会の状況

①東西キリスト教の対立

726年、ビザンツ皇帝レオン3世聖像禁止令を発布(初期キリスト教偶像崇拝を禁ずる教理に反する・偶像崇拝イスラーム教に対抗)。しかし、ゲルマン人への布教に聖像を必要としたローマ教会はこれに反発し、東西ローマ教会の対立を強めることに。

 

フランク王国との接近

ビザンツ帝国に対抗する政治権力を求め、ローマ教皇イスラーム勢力から西方キリスト教世界を守ったフランク王国に接近。カール=マルテルの子、ピピンがフランク王位を継承することを認める

 

ピピンは返礼として、イタリアのランゴバルト王国を攻め、奪ったラヴェンナ地方を教皇に寄進したピピンの寄進)

 

③カールの戴冠(たいかん)

教皇レオ3世は、800年のクリスマスの夜にローマ皇帝の帝冠を与え、「西ローマ帝国」の復活を宣言(ローマの戴冠)。これにより、ローマ以来の古典古代文化、キリスト教ゲルマン人が融合した西ヨーロッパ中世世界が誕生した。